組織に不利益を与える問題行動を解決する方法

組織に不利益を与える問題行動を解決する方法

Twitterでこういうツイートを見かけました。

社会人になって20年以上(マジかよ!?)、いろんな人や組織、チームを見てきて、

  • なぜあの人は、組織にとって不利益な態度を取るのか?
  • それを変えることはできるのか? できるとしたらどうやって?

みたいな悩みは、どの期間においても、あるいはどの組織においても、必ず存在したし、あらゆる組織に属する人が必ず抱える、普遍的な悩みなんじゃないかなーと思っています。

で、ここ数年、いくつかの書籍を読み、そのうちのいくつかが繋がって、この手の対人関係の対応方法みたいなものがぼんやり見えてきた気がしていたので、この機会に一度整理してみたい。

必要以上に高圧的・攻撃的な人

この点に関しては、読んだ書籍は一切関係ないんだけど、ちょっとあまりにも理解できないくらい高圧的だったり、攻撃的だったり、あるいは完全に自分が正しいと思っていて、正しいのだからどんな態度を取っても良い、他人の意見など聞く必要がない(だって自分は正しいのだから)と思っているように見える人など、まぁ、自分もいま特定の人を思い浮かべながら書いているんだけど、こういう人はもしかしたら、発達障害の可能性があるのかな、とも思ったりします。身も蓋もないけども。

これは発達障害の人や、そのように見える人を責めるものではなくて、「そういう強烈な、生まれ持った性格」を持った人たちも、この社会には普通にいて、普通に生活している、という風に「自分の」認識を新たにすると、ある意味でこちらも諦めがつきやすいんじゃないかな、と思います。

原因論と目的論

彼らが発達障害かどうかはさておいて、なぜ組織や、周りの人や、その人本人にも得にならないような態度を取るのか? という疑問は、アドラー心理学を解説した『嫌われる勇気』という書籍に出てくる「原因論と目的論」というキーワードで説明できるのではないかと思います。

アルフレッド・アドラー「原因論」を否定し、「目的論」という考え方を提唱していて、例えば「人の話を聞かない」という問題行動は、

何か原因があって人の話を聞かない(原因論)

と考えるのではなく、

人の話を聞かないことによって何か別の目的を果たそうとしている(目的論)

と考える、ということです。

この場合、その人はほかの目的(例えば「他人を困らせてやろう」という目的)のために「人の話を聞かない」し、もしかしたら「人の話を聞かない」こと自体が目的化しているかもしれないので、いくら「人の話を聞かない」原因を探したところで問題が解決しない、と考えます。

「他人を困らせてやろう」という目的をその人が持ってしまった原因を探る必要がある、ということです。

裏の目標

この「目的論」という考え方は『なぜ人と組織は変われないのか』という書籍に出てくる「裏の目標」にも繋がると思います。

この本では

「改善目標」に対する「阻害行動」には「裏の目標」がある

と考えます。(これを図示したものを書籍内では免疫マップと呼んでいます。)

「人の話を聞かない」という問題を解決するために、「人の話は傾聴しましょう」という「改善目標」を掲げたところで、人は「阻害行動」を取ってしまう。その「阻害行動」を取ってしまう理由は「裏の目標」があるからだ、ということになります。

この仕組みを「変革をはばむ免疫機能」と呼んでいて、この「阻害行動」を取るのが、人間の免疫機能のように、ある側面においてはその人にとって有効だから(裏の目標があるから)だ、と説明しています。

課題の分離

では、どのように対応すれば良いのか?

再び「嫌われる勇気」からですが、アドラーは「課題の分離」という考え方を提唱し、「自分の課題」「他人の課題」を分離しましょう、と言っています。

つまり、「人の話を聞かない」のは他人の課題であって、そこに踏み込んではいけない、ということですね。気にするな、と。

これは、他人は関係ない、何も知らないという消極的な意味ではなくて、例えば「人の話を聞かない」という課題に対し、できる限りの手は尽くすのだけど、その結果に対しては自分はどうにもできないのだから、つまり自分の課題ではないのだから、悩んでも仕方がない、という意味です。

「課題の分離」については、

馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない

という諺を引用しています。少なくとも「馬を水辺に連れていく」ところまでは「自分の課題」と捉えるべきですが、「その馬が水を飲むかどうか」は「馬の課題」というわけです。

「目的論」と「裏の目標」

いやいや、分かったと。「他人の課題」に踏み込まないのは分かったと。課題を分離することにより、自分の気持ちの整理はつくかもしれないが、一方で「他人の課題」である「人の話を聞かない」という問題行動は、依然として目の前に残り続けるじゃないかと

この点に関しては、『嫌われる勇気』の「目的論」、『なぜ人と組織は変われないのか』の「裏の目標」が答えになるわけです。

「人の話を聞かない」という問題行動の目的や裏の目標は、「いつも偉そうなあいつを困らせてやろう」とか、「自分を評価しないのならチームの仕事を失敗させてやろう」とか、つまりは、問題行動を起こす人には正当な理由だったりするんですね。

こちらから見ると問題行動だが、相手から見ると正当な行動である。見るからに困難なこのような問題をどのように解決すれば良いのでしょう?

箱から出る

自分の小さな「箱」から脱出する方法』はまさにその解決方法が書籍のテーマになっています。

この本では、自身を正当化し、現実を歪んで見ている状態を「箱に入っている」と表現しています。問題行動を起こす人は「箱に入っている」ということになります。

そして、ここがちょっと難しいのですが、相手が箱に入っているということを自分が認識するということは、自分もまた箱に入っている、ということになるという理解です。

箱の中にいると、互いに相手を手ひどく扱い、互いに自分を正当化する。共謀して、互いに箱の中にいる口実を与えあう。

問題行動を起こすということは、自分もまた、そのような行動を取らせているとも言えるんですね。平たく言えば「自分ごととして捉える」ということかもしれません。

では、「箱に入っている」人を外に出すことはできるのか?

この本でも(アドラーの「課題の分離」のように)、自分が箱の中にいるときに相手を変えることはできない、としています。相手を変えることはできないんだけども、自分を変えることはできる(自分だからね)。なので、まずは自分が箱から出ましょう、としています。

箱から脱出する詳しい方法は書籍にあたっていただくのが良いと思いますが、ヒジョーにカンタンに要約すると「相手を人として見ることにより箱から出られる」と言えると思います。

まとめ

まとめると

  1. 発達障害の場合、諦めるという手もある。
  2. 問題行動に原因があると考えるのではなく、裏の目標がある、と考えると真の問題が見えてくる。
  3. 問題行動を「自分の課題」と「他人の課題」に分離する。自分の課題は自分の課題なので解決できるが、「他人の課題」は解決できない。
  4. 「他人の課題」に踏み込んではいけないが、自分が箱から出ることにより、それを「自分の課題」として考えられれば、解決はできる(かもしれない)。

という感じ。

ぶっちゃけ、職場での問題行動くらいだと、自分が経営者でのない限り「他人の課題」には立ち入らない、として、そこでとどめておくことも多いかと思います。その先の「箱」は、家庭内の問題など、より身近な人との課題の解決には、あるいはあなたが経営者で、家族のような従業員に問題を抱えている場合には、かなりうまく説明できる概念かな、と思ってます。

記事内で紹介した書籍

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』がいちばん読みやすいのですが、電子書籍がないのが難点ですかね。